2017年02月03日

中岡慎太郎と巻の淵

おはようございます♪今日も北川村は快晴です♪今日は、巻の淵(まきのふち)と幼少期の中岡慎太郎の話を紹介します。今は浅くなっていますが、昔は深く、この断崖の真下は川の流れが大きく曲がるため、渦巻き状の水流が起こりやすかったそうです。幼少期のある夏、村の子供たちと水泳をしていた慎太郎は20メートル近くある断崖の上からこの渦に飛び込んだという話です。とても度胸のあるエピソードです!!今は展望所もあり、良い景色が見られます♪この川の清いこと!風景が美しいです!
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posted by ゆず at 11:35| 中岡慎太郎

2017年01月27日

山内容堂について!!

先週、高知市へ行ったのですが、引き寄せられるように、ある像の前に立っていました。調べて行ったわけではなく、偶然です(笑)像の名は山内容堂さん、歴史に詳しい方ならすぐにピンと来る名前ですが、この時は手に杯があるのでお酒が好きな人なのかなとしか思いませんでした。説明を見ると、土佐藩藩主とのことで、こっちに引っ越してきたのでご挨拶しておきました。
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 そして数日後、この前手に入れた中岡慎太郎の本で、また、この名前を目にします。山内さん、やってくれる。山内容堂は、※土佐勤王党をつぶそうと徹底的に弾圧し、主な人を牢屋へ、武市半平太、切腹。野根山二十三士全員処刑。この本だけだと、嫌なイメージですが、その後、ある方に話を聞くと、非常に判断力があり、政治的に優れた方だったようです。のちに、板垣退助は、今の土佐があるのは、山内容堂のおかげだというようなことを言われています。また、大政奉還の時には、反対の部下の話を一人、一人、聞き、ちゃんと説得したとのことです。自分で考え、判断する力が凄いです。決めるという事には、自分が責任を取るという事が付いてきます。角度を変えると見る目が変わります。この時代のかなり重要な人物です。もし、弾圧がなければ、中岡慎太郎も脱藩してないかもしれません。たらればを考えるのも面白いです♪

※土佐勤王党(とさきんのうとう)
1861年武市半平太の呼びかけで結成。
土佐藩で尊王攘夷運動を行う政治団体。
中岡慎太郎、坂本龍馬、大石弥太郎など、約二百人で下級武士身分がほとんど。

posted by ゆず at 11:23| 中岡慎太郎

2017年01月06日

中岡慎太郎館に行ってきました♪

先日、中岡慎太郎館にご挨拶に行ってきました♪
北川村を訪れたさいは、ぜひ、行ってほしい場所です。
3月4日から「志国高知 幕末維新博」があるので、この中岡慎太郎館も含め、高知全体の観光が盛り上がっていくと思います!!
前も書きましたが、臨時休館日がありますのでご注意ください。
臨時休館日:平成29年1月19日(木)〜2月24日(金)
詳しくはこちら。


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こちらは、生家です。中も入れるようになっています♪

posted by ゆず at 11:24| 中岡慎太郎