2012年01月15日

野根山街道[熊笹峠〜岩佐関所跡] その2


昨年12月20日のブログで<その1>をご紹介したまま...

新たな年を迎えてしまいました(-_-;) (予想はしてたけど...(^_^;))


"その2" 野根山街道[お茶屋場]から[岩佐関所跡]をご案内いたします♪


野根山その2.jpg

[お茶屋場]から15分弱進む足と[お産杉跡]到着

野根山17.jpg

★お産杉 ******************************************

昔、妊婦が唯一人野根山越えをしていた時、装束峠近くの坂道で急に産気づき、苦しんでいると
どこからともなくオオカミの群がキバをむいて迫ってきた。
ちょうど通りかかった勇敢な飛脚が、妊婦を近くの大杉の下枝に避難させ
刀を抜いてオオカミを斬り伏せ、群は一斉に山中に逃げ去った。
樹上でこのすさまじい闘争を見ていた妊婦は、恐怖と安堵の交錯するなかで安々と出産したという。

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このお産杉は“安産のお守り”として県下でも有名だったそうですが、

後には、高さ約1mの巨根が残り、これに大きなヒノキが寄生し、抱き合って一つの株になっていました。

安産のお守りだといって、産杉を削り取って来たという人がいて、見てみるとヒノキだったので

それを見た地元の老人が

『ありゃ、安産にはきかん(-_-;)』 

と言ったという話もあります(^_^;)


[お産杉跡]から500mほど進む足と[加奈木の崩え]です。

野根山21.jpg

★加奈木(かなぎ)の崩え

707年秋の地震による崩壊と、その後1746年にも崩壊があった、高知県東部の大崩壊の場所です。

この崩壊は止まるところを知らず、崩れに崩れて山を裂き、谷を埋め、山膚に樹木の繁茂を許さず

大雨の度に谷は氾濫し、下流はその度に姿を変えていったそうです。



野根山22.jpg

↑↑↑ この柵の向こうを覗いてもらうと、確かに<崩壊>の様子を想像してもらえそうな様子です。


この[加奈木の崩え]は街道から少しそれた場所にありますが、

その入口には檜の大木が高く根を張っています目

野根山20.jpg

根の下は易々とくぐり抜けられるほどですよ。

もちろん、くぐり抜けてみました(^^) なんだかご利益か何かがありそうな

気分になりました(無いんですけどね(^_^;))


野根山街道にはでっかい杉の木や檜が点在しています。

野根山19.jpg

この"大木"に出合うだけでも価値があるような気にさせられます。



さて、今回の最終目的地[岩佐関所跡]に向けて進みます足

野根山23.jpg


[加奈木の崩え]から約500mで[岩佐関所跡]です。

野根山25.jpg

全行程約36kmの野根山街道のほぼ中央です。


訪れる時間帯によって差し込む光の角度が違うので、"関所"の表情が都度違って見えます。

街道の中でもすごく好きな場所です(^^)


野根山27.jpg

1200年余前の昔に開かれた野根山街道は"歴史街道"と呼ばれるにふさわしい道です。

まだまだ魅力ある場所はたくさんありますので、これからも少しずつですが

紹介していきたいと思います。


ご興味のある方は資料やマップをお送りしますので、どうぞお申し付けください。

[北川村観光協会] info@kitagawakanko.net  または080-2985-5647まで



posted by ゆず at 12:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 野根山街道
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