2017年01月27日

山内容堂について!!

先週、高知市へ行ったのですが、引き寄せられるように、ある像の前に立っていました。調べて行ったわけではなく、偶然です(笑)像の名は山内容堂さん、歴史に詳しい方ならすぐにピンと来る名前ですが、この時は手に杯があるのでお酒が好きな人なのかなとしか思いませんでした。説明を見ると、土佐藩藩主とのことで、こっちに引っ越してきたのでご挨拶しておきました。
CIMG4307.JPG 

 そして数日後、この前手に入れた中岡慎太郎の本で、また、この名前を目にします。山内さん、やってくれる。山内容堂は、※土佐勤王党をつぶそうと徹底的に弾圧し、主な人を牢屋へ、武市半平太、切腹。野根山二十三士全員処刑。この本だけだと、嫌なイメージですが、その後、ある方に話を聞くと、非常に判断力があり、政治的に優れた方だったようです。のちに、板垣退助は、今の土佐があるのは、山内容堂のおかげだというようなことを言われています。また、大政奉還の時には、反対の部下の話を一人、一人、聞き、ちゃんと説得したとのことです。自分で考え、判断する力が凄いです。決めるという事には、自分が責任を取るという事が付いてきます。角度を変えると見る目が変わります。この時代のかなり重要な人物です。もし、弾圧がなければ、中岡慎太郎も脱藩してないかもしれません。たらればを考えるのも面白いです♪

※土佐勤王党(とさきんのうとう)
1861年武市半平太の呼びかけで結成。
土佐藩で尊王攘夷運動を行う政治団体。
中岡慎太郎、坂本龍馬、大石弥太郎など、約二百人で下級武士身分がほとんど。

posted by ゆず at 11:23| 中岡慎太郎